この週刊文春の記事は、我々周産期医療に関わる者にとってはちょっと微妙。
まず、タイトルはあまりにあおりすぎ。
最近、文科省、厚労相の中でも本気で周産期医療のことを考えようとしている人はいることがわかってきた。
そういう人を敵に回すのはうまくない。
むしろ、今回の愚策(あえてこう書きますが)をどうすれば実効性のある策に変えられるかということに焦点を絞るべきだと思っている。
このタイトルは、まずそういう観点で、我々の思惑と逆行している。
ただし、今回文春が叩いた内容については、大筋で周産期医療従事者はその通りだと思っている人が多いのではないか。
記事の背景を概説すると、以下のようになる。
妊婦の受け入れ拒否事例が数多く報道されているが、去年くらいからそのスタンスが、「何で断るのか!」という現場の医師たたきから「NICUが足りないのがどうも理由らしい」という方向に変わってきた。
現在、NICUには新生児約33人に1人が入院する計算である。
これを十分な受け皿で診るためには、現在のNICU病床では日本全国で約1000床足りないということが、学会試算で発表された。
これを聞いた国は焦る。
まず、NICUのベッドとは、一般にイメージされる「ベッド」ではない。
集中治療の極みのような設備なので、保育器を中心に、モニター、呼吸器、酸素や空気の配管その他諸々をそろえると、1床2000万円かかると言われる。(軽症に対象を限ればもっと安いが)
これを1000床造るだけで、単純には200億円。
年間2200億円の削減を掲げる厚労相は、とてもそんな金をひねり出せるわけがない。
一方、大学の管轄は厚労相ではなく文科省。
こちらもそれほど財豊かではないだろうが、厚労相よりはたぶんマシな方なんだと思う。(間違ってたら指摘してください)
で、同じ金なら、あるところから出そうという発想が出てくる。
文科省側としても、一般人に対して「子どもを守ることに力を入れます!」というパフォーマンスにもなる。
しかも、大学病院はかならず全都道府県にあるから、全国まんべんなくNICU増床になるではないか!!
「オラ、うまいこと考えたべ?」
ところが実情はそうではない。
NICU(新生児科)というのは長らく「小児科の一部門」で、今もそう位置づけられている。
しかし、求められる知識、技術は、一般の小児科医とは大きく異なり、かなり特殊な領域である。
一方、地方大学病院の小児科というのは、平たく言ってしまえば教授の専門領域には力を入れるが、そうでない分野まで手が回らない組織である。
例えば私の出身大学は、教授の専門は血液腫瘍疾患、つまり白血病やガンの子どもたち。
これはこれでかなり特殊でしんどい。
大学にもNICUがあるにはあるが、特に力を入れられているわけではなく、規模も小さいため、診る症例の重症度や数には限界がある。
「じゃあ大きなNICUはどこにあるのか?」
この地域(以下A県)では、市民病院と、県立病院にあるのだ。
この2カ所は歴史も古く、設備も整っている。
A県の新生児医療の最後の防波堤として機能しているため、重症例は2カ所に集まってくる。
重症例が集まると、スタッフの経験が積めるため、医療のレベルも上がり、成績が良くなる。
成績が良くなると、そこで学ぼうという若い医師が出てくるので、それを鍛えて小さなNICUに送り出す。
そうすると、小さなNICUの医療のレベルも上がる。
どの地域も、限られたベッドとマンパワーを、こうやって何とかして回すことで、地域の新生児医療をギリギリ守っている。
ところが今回、「大学病院のNICUを増床しなさい!」と命令された。
A県では、新生児医療の指導的立場の医者は、市民病院と県立病院にしかいないのに、大学病院でがっつり新生児医療をしろと言われると、この2カ所の指導力のある医者を大学に呼んでくるしかない。
また、新生児医療は看護師の力が医師の力より大きいと言っても過言ではないくらい、看護師のレベルで成績が変わる。
医者は呼んでこれても、看護師を根こそぎ引っこ抜くわけにはいかない。
どう考えても、新しく増床された大学病院はもとの2カ所を超えるレベルにはなれず、同レベルになるまででも数年はかかる。
もっと深刻なのは引き抜かれる2カ所の病院で、レベルはがた落ちになる。
A県全体で考えると、大学病院のNICU増床は、メリットどころか新生児医療の崩壊の引き金になり得るわけ。
さらに拍車をかけるのが、現在の医師不足。
A県の市民病院NICUは、年間500人の入院患者を6人の医者で診ている。
月の当直回数は実に下っ端10回!!残りの日も呼び出しにおびえ、過労死ラインの3倍以上は働いている。
今の私の職場は、重症度の違いがあるとはいえ、300人弱の入院患者を約10人の医者で診ている。それでも体力的にきついのだから、A県のひどさが分かってもらえるだろう。
ここにNICUベッドだけ増やして、誰が診るのか。
過重労働がかさむと、それも医療レベルの低下につながる。
週刊文春の記事は、ここを突っ込んで、
「新生児医療 『文科省』に殺される」
と言ったものだったのだ。
じゃあどうすればいいのか。
現場から言わせてもらうなら、とにかく医師を増やすことが長期的には絶対必要で、そのためのコスト増を許容することから始めないと、いつまでたっても問題は解決しない。
医療費削減はもはや無理だと認めないと何も始まらない。
そういう長期的プランを持った上で、短期的に金を出すというなら、せめてそれを
「大学病院で使わねばならない」
という形でなく、
「大学病院が必要と考えるNICUに使って良い」
という形にしてくれれば、A県で言う市民病院や県立病院がよりいっそう集約化されて効率がよくなるかもしれない。
もちろん、そのためには今の6人では無理な話で、医師増員がついて回るのだけど。
33人に1人NICU入院。
小学校の1クラスに1人くらいの確率だから、人ごとではない。
もっと議論が巻き起こって、揚げ足取りの感情論にならず、いいムーブメントになることを期待したいのだが。。。
国立大付属病院の周産期医療施設を拡充する施策を批判した週刊文春に、文部科学省が「厳重に抗議し、記事の撤回と謝罪を求める」とする書面を配達証明付きで送ったことが16日、分かった。同省がマスコミの報道に文書で抗議するのは異例だ。
同誌は18日号の「新生児医療 『文科省』に殺される」と題した記事で、この分野での医師不足を指摘。国立大に病床を追加する施策が大学病院による医師引き揚げにつながるなどとして、「血税が浪費されるだけの“箱物行政”」と批判した。
文科省は11日付の書面で「読者に誤った認識を与える。大学病院を活用し、新たな医師を育成することが現在必要な政策だ」と反論。見出しについては「全く根拠がなく悪意に満ちている」とした。ホームページにも同様の見解を掲載した。
週刊文春編集部の話 文科省が周産期医療の現実を全く理解しておらず残念。小誌の見解は誌面に掲載する。
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