先日のブログでは、6月15日の登校開始に向けて、学校の先生と小児科医の先生に、これからの対策を一緒に考えましょうというお話を書かせていただきました。
今回はその続きで、どちらかというと保護者の方へのお願いが中心で、その流れで学校への指示書を作成する小児科医の先生へのお願いが平行する内容です。
長文になるので、結論から先に書きます。
保護者の方にぜひご理解いただきたいのは、新型コロナウイルスとともに過ごすことが前提となったこれから、学校で医療的ケアを依頼するにあたっては、感染予防策にこれまでより神経を使って、場合によっては慣れない装備を着けたり、普段と違う対策を取ってもらう必要があるため、手技はできるだけ簡略化し、個別対応を減らすすことを考えていただきたいということです。
そして、指示書を作成する小児科医の先生にお願いしたいのは、医学的にどうしても必要な場合を除いて、学校で行わずに自宅で行えばすむことは帰宅後に行う前提で指示書を作成したり、ちょっとした個別対応を求める指示を可能な限り減らしていただきたいということです。
この1週間、訪問先のお母さん方からの相談をいただくのとあわせて、学校の先生からも医療的ケア児の登校再開に関して相談をいただくようになりました。
新型コロナウイルス感染予防対策を学校で行うのには、一般の学校で医療的ケアの不要な子どもだけが対象の対策でも、難しい問題がいっぱいあります。
「オンライン旅日記」でも書いたように、新型コロナウイルスの特徴は少しずつ分かってきており、子どもでは重症化しにくく、感染も広がりにくいことも見えてきています。
ですが、その理由は依然不明ですし、子どもでは高齢者に比べてリスクが低いけれどゼロではないため、学校での感染予防策が不要というわけではありません。
そして、ICUへの入院率が高いのは1歳未満の乳児と基礎疾患を有する児であることも、分かっています。
医療的ケア児に関しては、「基礎疾患を有する児」に当てはまり、持病のない子どもに比べると注意は必要でしょう。
医療的ケア児の登校を受け入れるにあたって、学校ごとに様々な対策を練られています。
新型コロナウイルスは一般には、咳やくしゃみなどで飛び出たウイルスを吸い込むことによる「飛沫感染」と、ウイルスが付着したところを触った手で鼻や口を触ることによる「接触感染」で広がることが分かっていて、これらをいかに予防するかがカギとなります。もちろん対策を練る上では、子どもが感染している場合と、大人が感染している場合を両方想定しておく必要があります。
もう一つ、医療的ケアを行う上では、これらとは別に「エアロゾル感染」を気にする必要があります(エアロゾル感染については、リンク先の東京大学保健センターのHPの説明が分かりやすいので、一度ご覧ください。青字のコラム以下に説明があります)。
飛沫感染予防はソーシャルディスタンスやマスク、接触感染予防は手洗いやアルコール消毒で、かなりのレベルで実施可能なのに比べ、エアロゾル感染予防対策は飛沫や接触への対策に比べて神経を使います。
医療的ケアの中でエアロゾルが発生する代表格は、吸引と、ネブライザー(吸入器による生理食塩水や薬液などの吸入)です。
これら以外にも、ウイルスの含まれた微粒子を空気中に放出する処置では、エアロゾルが発生する可能性があります。
そのために、地域の流行状況や学校の環境にあわせて、特定の医療的ケアを行う際にガウンやフェイスシールド・ゴーグルなどを着用する、医療的ケアを行う場所をパーティションで区切ったり別の部屋にする、医療的ケアを行う部屋の窓を開けて十分に換気する、などの対策を検討されていることもあります。
もともと医療的ケアを学校で行うにあたっては、それなりの感染予防策をとられていることは確かだと思いますが、新型コロナウイルスへはこれまでより細かい対策が必要となるのはご理解いただけるでしょう。
皆さんも、普段より厳しい感染対策に神経を使っていると、驚くほど疲労がたまりますよね。これはこの先、学校の先生や看護師さんも同じです。
それに何をするにしても、ちょっとでも手順が煩雑になると、またちょっとでも個別に違うことを求められると、ミスは増えるものです。
例えば、1日3回行うネブライザーについて考えてみます。
ネブライザーは吸引と並んで、エアロゾルが発生する行為とされていますので、一定の流行状況では、学校ではそれなりに神経を使った対策が必要です。
1日3回定期的に痰を出しやすくする薬を吸入している子どもの場合、多くは登校前、学校滞在中、帰宅後、の3回を想定していると思います。私も実際そう考えて指示書を作成してきました。
しかし、もし医学的に昼間の吸入が必須でないのであれば、学校でネブライザーを行う負担を軽減するために、登校前、帰宅後、寝る前、の3回に変更する、あるいは登校前と帰宅後の2回に減らすことを検討できないでしょうか。
あるいは、胃瘻からの注入の前に胃残(胃内に残った液体の量)を測定し、その量によって注入する栄養剤の量を差し引き計算する指示について考えてみます。
「100mlのラコールを注入、ただし胃残が30ml以上ある場合、胃残を胃内に戻してラコールを70mlに減らす」といった指示は、私もよく書くことがあります。
新型コロナウイルスは胃液である程度やっつけられることも想像できますが、胃液内でどの程度の時間生き延びることができるのか、私の知る限りではデータはまだありません(データをご存じの方がいたら教えてください)。胃の中には飲み込んだ唾液が入っていることを考えると、特に唾液分泌の多い子どもでは全く無視するのも難しいところです。
となれば、いったん胃残をシリンジに引き、空気を抜いて液体成分だけ周囲に拡散させないように置いておき、また胃残をシリンジに引き、空気を抜いて・・を繰り返した後で、液体成分を胃内に戻す、という一連の行為には、かなりの神経を使わねばならないことになります。
胃残を測定する必要があるとしても、できることなら、胃残を胃内に戻すことを想定して置いておくことをせず、破棄してしまい、胃残に関わらずラコールを100ml注入する(難しいければ、胃残相当分は白湯などで代用して胃残は捨ててしまう)方が、圧倒的に処置が単純化するのです。
特別支援学校で医療的ケア児を複数みておられる先生や看護師さんに、医療的ケアについて困ることをうかがうと、同じ処置でも子どもによって指示が細かく異なるので対応が困難だ、という返事が必ず返ってきます。
通常時でもそうなのですから、感染対策を強化するこれからの学校では、その困難感はもっと強くなると思われます。
一応医療のプロの端くれである私も、休校措置で風邪を引く子どもが減って臨時往診が少なかったりして、この春は診察機会が例年より少なくなりましたが、慣れない感染予防策のために、疲労は例年よりかなりたまっていることを実感しています。
医療のプロではない学校の先生方は、なおさらでしょう。過度の疲弊や、避けたいミスが増えることにつながらないようにしたいものです。
「その指示、本当に医学的に必要?」と見直していくことを、新型コロナウイルスのいる世界での生活を少しでも無理なく過ごすために、保護者の方と指示書を作成する小児科医の先生の間で、ぜひ考えていただきたいと思います。
私も、自分の書いた指示書を見直さないと・・。
5/28 8:50 筆者追記
文章中の表現を、少し変更しました。
5/28 9:00 筆者追記
誤解を招かないように、以下について補足いたします。
1)子どもの学習機会が過度にうばわれることにならないように、また、医療的ケアを行うことを学校側が過度に制限することにならないように、配慮は必要です。例えば、ネブライザーを学校で行うことを避けろと言っているわけではなく、それをしないと学校に通えない子どもについては、対策の上で実施を検討していただきたいと思います。
今回のブログは、これまで通りの医療的ケアを行ってもらうことを前提に、過度な負荷が学校にかからないようにするための方策を考えていきましょう、ということが主旨のつもりです。
2)学校での感染予防策で何よりも優先されるのは、新型コロナウイルス感染を疑う症状のある子どもは登校しないこと、また同様に、症状のある大人は出勤しないことです。
仮にエアロゾルが大量に発生しても、その中に新型コロナウイルスがいなければ、感染拡大することはありません。
そして、子どもの感染経路はほとんどが大人からで、子どもどうしのうつしあいはかなり少ないのではないかと言われていますので、医療的ケア児に関わる大人の普段からの健康管理と感染予防が、全ての基本になると考えております。