長女は最近、時期的なものか、
「何で??」「どうして??」という質問ばかりぶつけてくる。
答えても、その答えに対してまた「何で??」と際限なく続く上、この質問、大抵は返答に窮するものが多くて、親としてはかなり大変・・。
こないだなど、
「お父さんは、何でいるの??」
ときたもんで、こんな哲学的な質問を5歳児に対して何と答えればいいものか、皆目見当も付かず・・(^_^;)

そんなある日のこと、また長女の「ナゼナゼタイム」がやってきた。
標的は、うちのマンションにある車いすスペースの駐車場。

またか・・・・

内心辟易としながら始まった受け答えは、こんな感じだった。

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娘「お父さん、何でここはいつも三角のが置いてあるの??」

父「車いすの人とか、身体の不自由な人のために、他の人は使わないでね、ってことじゃない?」

娘「何でそんなことするの??」

父「車いすの人とかが使いたいときに、他の車が停まってたら使えないから、『置かないでね』ってことやね。」

娘「何で??」

父「えっっっ??」

娘「何でこんなことするの??」

父「何でって?」

娘「だって、車いすの人が『ここに停めたいな~』って思ったときに、どうやってどけるの??」

父「!!!!」

娘「車いすの人が車に乗ってて、降りてどけて、また乗って、って、大変やん!!」

父「そういうのに気がつくのって凄い!
確かにそうやね。これはマンションの人が『車いすの人のため』と思ってやってるけど、ホントは車いすの人には不便かもしれないね。」

娘「地面にも『車いすの人の場所ですよ~』って書いてあるやん!
なのに何でこんなの置くの??」

父「言う通りやね(^_^)
こんなの置かなくても、みんながホントに車いすの人のことを考えていれば、それだけでいいことやね。」



「バリアフリー」という言葉の意味を、あらためて5歳児に教えられた出来事だった。
スペースを確保するとか、段差をなくすとか、設備の問題じゃなくて、例えスペースがなくても段差があっても、みんながちょっとずつ気を配れば、本当の意味でバリアはバリアではなくなる。
頭では分かってた気がしていたが、我が子に教えられたなあ・・(^_^)