この週末、盛岡で日本小児科学会があり、昨日だけ参加してきた。
認定医の点数が足りないから行かなきゃならなかったのと、タイトルのシンポジウムをぜひ聞きたかったから、というのが弾丸ツアーのきっかけです。
しかし盛岡って遠いのね(^_^;)

シンポジウムは、かな~~り興味深かった。
今まで疑問に思ってたことが結構氷解した。

以下、必死でメモをとったシンポジウムの内容を書きますが、記録的長文です。
半分備忘録でまとまってないので、興味ある方斜め読みしてくださいって程度で(^_^;)
何とか理解しようとがんばりましたが、法律用語とか難しかったところもあり、理解がずれている部分があるかもしれません。間違いに気づいた方がおられれば是非指摘してくださいm(_ _)m

では、スタート・・・



・ 臓器の移植に関する法律(臓器移植法)の改正案(いわゆる「A案」)が2009年7月17日に公布され、2010年7月17日に施行される。
・ この改正の背景には、イスタンブール宣言(2008年5月)を受けてWHOの移植ガイドラインが2009年に改訂され海外渡航による臓器移植を原則禁止するとみられていたことがあるが、この改訂は2010年に延期された。
・ 臓器移植法の概要は、「基本理念」「臓器摘出のための要件」「臓器売買の禁止」「臓器移植斡旋の要件」の4つからなる。
・ 現行法でも、心臓死体からの腎臓・角膜の摘出のみ、本人の書面による意思表示がなくても家族の書面による同意のみで摘出可能となっている。
・ 改正案第6条2項に、本人の意志が不明の場合、家族の書面による同意があれば臓器の摘出ができると記載があり、心臓死体、脳死体ともに、臓器の摘出に本人の書面による意思表示が不要であるということが前提となった。
・ A案が可決されたときに「脳死は人の死」という見出しが新聞を賑わせたが、これは誤っていると考えるべきである。脳死が人の死となるのは臓器摘出される場合のみであり、臓器摘出されない場合には脳死状態となってもそれは死と認められない。
・ 改正案では、臓器を親族に対して優先提供する意思表示をできることになった。その場合は親族内でレシピエントをまず探すが、対象が親族内にいない場合には通常の方法によりレシピエントを探す。つまり、あくまで親族が優先されるだけで、親族に対してのみ提供するという意思表示は認められていない。親族の範囲は、配偶者(内縁は含まない)、両親と子ども(特別養子縁組を含む)までとされている。
・ 書面による意思表示が有効なのは、15歳以上とされている。このため、15歳未満の子どもの場合、いかに本人や家族が希望しても親族への優先提供は認められないことになる。ただし、提供の拒否は書面による意思表示がなくても有効として、子どもも本人が拒否できるように、という方向で現在審議中である。

・ 改正案では、検討事項として「政府は、虐待を受けた児童が死亡した場合に当該児童から臓器が提供されることのないよう・・・必要な措置を講ずる」とされている。
・ このミソは、「虐待により死亡した児童」ではなく、「虐待を受けた児童が死亡した場合」となっているところで、虐待をした両親が子どもの最善の利益の代弁者とはなり得ないという論理である。
・ しかし、虐待を受けた子どもを除外するのは、虐待により死亡した子どもを除外すること以上に難しい。日本には「虐待罪」という罪がないため、例え警察が「虐待がなかった」といっても、それは傷害罪などで立件できる虐待がなかったというだけである。
・ 虐待の医学的判断には多方面からの高い専門性が要求される一方、年間に対応する虐待例は小児センター病院でも50~60例/年、一般病院では多くても10例/年くらいとされている。
・ 虐待の判断には、医療間連携によるコンサルテーションシステムを確立する必要がある。

・ 小児の脳死に関する調査では、脳死と考えられる状態になってから30日以上心停止に至らなかったものが22%存在し、成人よりも長時間であることがわかっている。
・ 脳死は「全脳機能の不可逆的停止」とされるが、全脳機能を検査することはできない。深昏睡、瞳孔散大・固定、脳幹反射の消失、平坦脳波、自発呼吸の消失が判定基準となる。
・ 新生児期、乳児期早期では大脳は機能的にsilentに近く、正常脳波像は発達とともに変化していく。平坦脳波が不可逆的なものかを判定することは難しいため、修正12週未満を脳死判定対象から除外するという規定は外しがたい。海外では、多くの国が37週未満で出生の児と、生後4週間未満を判定対象から除外している。
・ 成人では脳死判定を6時間以上の間隔をあけて2回行うこととなっているが、小児の脳死判定マニュアルでは脳の可塑性の高さを考慮して、24時間以上の間隔をあけて2回行うこととなった。しかしこれで不可逆性の担保になるかは疑問である。
・ 脳死状態になる原因として、成人では80%が一次性脳障害(脳への外傷、水頭症など)だが、小児では50%が二次性脳障害(溺水、低酸素状態、代謝疾患などの全身性疾患など)である。二時性脳障害の場合は脳死移植のドナーになることはできない。

・ 日本でこれまでに脳死移植ドナーとなったのは86人。その85%が、家族が「本人がドナーカードを持っています」と申し出た。残りの15%は、医師から臨床的に脳死状態だと伝えられてからドナーカードを探した(?曖昧)。
・ 成人では、脳死判定から臓器摘出術が行われるまで、平均45時間かかっている。この間には消化しなければ行けない手続きが山積し、当該科の診療はほとんどストップし、多くの職種でほぼ不眠不休での労働が必要となるが、摘出術を行った病院への報酬は約30万円(?曖昧)と見合わない。
・ 欧米の理想的な環境では、人口約1千万人に対して1カ所のPICUが整備されており、重症外傷を含めて小児の救急患者はほぼPICUに集約して搬送される。しかし日本ではPICUの整備がされていないため、重症児の医療が小規模病院でも行われていることや、重症外傷小児患者は成人の救急センターに搬送されるのが現実。
・ 脳死の条件として「適切な医療を行っても回復の見込みがない」というのがあるが、これを担保するには欧米並みの小児救急体制の確立が必要である。
・ 臓器提供をする病院には一定の条件が科せられているが、条件を満たした病院が臓器提供病院になるかどうかはその病院の判断に任されている(手上げ制)。
・ 臓器提供病院でない病院では現実問題として、脳死状態の確認はできても、脳死判定はできない。理由として、I. 臓器提供しない者に対して脳死を人の死と認めないため、「脳死判定の経験のある2名以上の医師で行う」という脳死判定基準を満たせない。II. 臓器提供を前提とした患者の搬送を認めていない(あくまで救命の目的で搬送し、結果的にドナーとなる、という形でないといけない)。
・ 臓器提供病院に対しては、その病院に脳死判定経験のある医師がいない場合には、経験のある医師を派遣して判定を行うシステムを構築しつつある。
・ 日本における脳死移植を推進するためには、その前提として小児も成人も救急医療体制を欧米並みのレベルに集約化する必要があり、そこで十分な医療が提供された結果不幸な転帰をとった場合の一選択肢として臓器提供の話がなされるべきである。

**全体討論で出た話**

・ 知的障害等のある者からの臓器提供は行わない、という方向で審議が行われているが、この判断は非常に難しい。修正12週の時点で知的障害の有無を判定できるとは思えないことや、受傷時点まで正常発達であった者が受傷をきっかけに知的障害を持ち、長期間生存した後に脳死状態になった場合はどう考えるのかなど、問題は多い。そもそも多くの法律では、知的障害のある者の意思表示については小児に準ずると考えられているのに、臓器移植法でだけ切り分けて論じられている。
・ 重心施設で入所中の児に対して、両親から脳死判定を依頼されるケースが考えられるが、こういった場合はどうなるのか?・・・原則的に言うと、重心施設は臓器提供病院ではないため、脳死判定はできないことになる。
・ 臓器摘出後に虐待が判明した場合や、臓器摘出術中に虐待を疑った場合などは、執刀者が罪に問われないのか?・・・欧米では、決められた手順を踏んでいれば、後に虐待が判明しても免責されるという規定がある国がある。日本では免責規定はないが、おそらくそれに近い運用になると思われる。
・ これだけ臓器提供に対しての制限が多いのは、日本においては「死後に臓器を提供することが幸せ」という基盤がないということを意味しているのではないか。もし日本がそういう社会であれば、例えば知的障害者からの臓器提供は喜ばしいことととらえられるのではないか。
・ 「臨床的脳死」という言葉が一人歩きしている。多くの場合は、「無呼吸テスト以外の脳死判定項目を満たしているが、脳死判定できないために無呼吸テストを実施するのがためらわれる」という状態を指すのだと思うが、「ほとんど脳死」や「脳死と同様に思う」という程度でも用いられている。この言葉は使うべき言葉ではないのではないか。
・ 脳死移植はあくまで「つなぎ」の医療手段であり、将来的には人工臓器などの違う方法が開発されることが期待される。移植医療に携わる人にもこういう感覚を持って欲しい。